毛髪からの健康指標・健康検査に向けた毛髪成分の比較研究に関する論文が米国科学誌「PLOS ONE」に掲載
~毛髪検査による健康指標や糖尿病などの疾患の早期発見を目指して~
毛髪・美容・健康のウェルネス事業をグローバル展開する株式会社アデランス(本社:東京都品川区、代表取締役グループCEO 津村
佳宏)と株式会社オーガンテック(本社:東京都中央区、代表取締役 小川 美帆、近藤
嵩)は、2017年4月1日より、健常人と疾患患者の毛髪成分分析に関する研究(以下、本研究)を進めてまいりました。この度、本研究の成果が米国科学誌「PLOS
ONE(プロス ワン)」(米国東部時間2024年5月8日(水)午後2時発行)に掲載されました。
本研究は、国立研究開発法人理化学研究所、公益財団法人かずさDNA研究所、国立研究開発法人国立循環器病研究センター、地方独立行政法人神戸市立医療センター中央市民病院との共同研究であり、理化学研究所
生命機能科学研究センター 器官誘導研究チーム*の辻 孝チームリーダー(当時)が主宰した「毛髪診断コンソーシアム」の研究成果です。
1,219名の被験者の毛髪成分を解析し、健常人における毛髪成分の比較から健康度の測定や、6疾患(糖尿病、高血圧、男性型脱毛症、アルツハイマー型認知症、うつ病、脳梗塞)の比較研究により疾患に関連するバイオマーカー※1の同定を試みました。その結果、毛髪検査の基本的な解析方法を決定すると共に、健常人の定義の重要な課題や、各疾患間においていくつかの毛髪構成成分で有意差を確認すると共に、毛髪検査の樹立のための課題や今後の取り組みの方向性が示されました。
*研究当時(2024年3月終了)
1. 研究背景と目的
内閣府によると、今後40年で世界的に高齢化が急速に進展する※と共に、高齢化先進国である我が国では、健康寿命の延伸のために健康指標や疾患予測などの診断法の確立や、健康促進に向けた取り組み、疾患治療法の開発が重要な課題となっています。定期的な健康診断は、疾患予防や疾患の早期発見に重要な役割を果たしています。
疾患が発症してから治療をする、というこれまでの取り組みから、健康寿命を延伸するための健康管理や、生活習慣病などに対する未病に向けた対策への意識の変革により、健康を維持するための行動変容を促すことが期待されています。これまでの健康診断は、血液や尿などの体液に存在する診断マーカーを測定してその基準範囲からの逸脱を指標に行われています。
しかし体液による診断は、検査前の飲食により大きな影響を受けるため、1日の中でも変動が大きいことや、病院や健診センターに行かなければならないという物理的ハードルがあります。今後の高齢化社会における健康寿命の延伸のためには、これらの問題を解決し、簡便で安定した診断方法の確立が期待されています。
※出典:令和5年版高齢社会白書(内閣府)
そこで本研究の研究グループは、新たな健康指標や健康診断の開発に向けて「毛髪」に着目しました。毛髪は、毛母細胞が線維化した、いわば固定化された細胞の塊であり、細胞膜を介した選択的な透過性があるため、体液ほど大きな日内変動は起こりません。さらに毛髪は1か月に約1cm伸びるために、根元1cmは最近の約1か月の、6cm先は半年前の「過去ログ」を有している生体内での数少ない生体材料です。
ほとんどすべての人は定期的にヘアサロンでカットをしていることから、「毛髪検査」は医療機関や健診センターへ行く必要がなく、非侵襲的にヘアサロンや自宅でカットした毛髪を分析センターに送るだけで健康状態や疾患の診断ができる利便性があります。また毛髪は長期間にわたり安定したデータの取得が可能というメリットがあります。
本研究の研究グループは、毛髪を用いてその成分分析をすることにより、科学的なエビデンスに基づく、安定した健康指標や健康診断の確立に向けて研究に取り組みました。
2. 研究成果の概要
これまでにも毛髪から疾患の診断をしようという試みが世界中で数多く行われてきました。しかしながら、確実な疾患診断につながる毛髪成分は同定されていないのが実情です。
そこで私たちの研究グループは、健常人から採取する毛髪の部位が定義されていないことが問題の一つであると考え、毛髪の全体ではなく、根元から3cm(直近約3か月の情報)、採取に問題がない20本程度の毛髪を正確に採取しました。
また健常人の定義に課題があり、一般にいう健常人とは本当に健康な人と疾患と診断される手前の人を含んでいるのに加え、地域や食生活などで個人差があるのではないかと考え、健常人1,219名の毛髪成分においてミネラルや細胞内にある遊離アミノ酸の分析方法とデータの分散を検討しました。さらに、毛髪に含まれる複数のホルモンについても一部の健常人の解析を進めました。
その結果、健常人のミネラルや遊離アミノ酸の量は、健常人で一定の範囲の値の成分が多いものの、統計的に測定データが一定範囲から外れる成分も数多く見つかりました。このことから一般的な健常人という定義の中に、疾患予備軍や地域差、食生活の違いなどの要素が含まれており、健常人の定義、並びにそれを考慮したうえで、統計的に正確な健常人のデータを利用する必要があることが示唆されました。
さらに本研究の研究グループは、健常人と6疾患患者(糖尿病:DM、高血圧:HT、男性型脱毛症:AGA、アルツハイマー型認知症:MDD、うつ病:AD、脳梗塞:CI)の毛髪に含まれるミネラルと遊離アミノ酸を分析し、健常人と各疾患患者間で比較することにより、これらの疾患の診断につながる毛髪成分のバイオマーカー※1の探索を試みました。
比較には、従来よく用いられる統計的解析手法であるスチューデントt検定により解析を試みましたが、幅広いミネラルや遊離アミノ酸成分に有意差が認められ、バイオマーカーの特定は困難であることが判明しました。これは健常人と疾患患者比較対象数に大きな違いがあることに起因する可能性が考えられたことから、2群間のサンプルサイズや単位に影響を受けずに解析できる効果量の統計解析を試みました。その結果、スチューデントt検定よりも効果量を用いた統計解析のほうが疾患関連成分のバイオマーカー候補を絞り込むこと
ができました。(下図)
3. 今後の展望
本研究では、毛髪成分による健康指標や疾患診断の開発に向けて、毛髪の部位を特定した上で、少ない毛髪から分析するための方法の検討、並びに健常人、疾患患者で個人差が認められる毛髪成分としてミネラルと遊離アミノ酸の解析を進めました。
本研究から、健常人と各種疾患患者間で、毛髪中成分量の有意差が認められる成分が存在し、統計的な解析手法を検討することにより毛髪中の疾患バイオマーカーとなる可能性のある成分を特定できる可能性があることを示しました。この結果により、毛髪は生体内の健康情報の記録媒体として、有益な試料となりうる可能性が示唆されました。
その一方で、一般的な健常人という定義の中に、疾患予備軍や地域差、食生活の違いなどの要素が含まれており、健常人の定義、並びにそれを考慮したうえで、統計的に正確な健常人のデータを利用する必要があることが示唆されました。この可能性は各種疾患患者においても考えられ、疾患発症直後や治療による疾患の程度によっても変化する可能性があり、これまでの研究において疾患に関連した毛髪成分のバイオマーカーが十分、特定しきれていない可能性も考えられます。
今後、健常人の定義の明確化と統計的データに活用する範囲の特定や、疾患の発症、治療履歴を検討し、まずは疾患未治療など、健常人と疾患患者の体内状態に極端に違いがある段階で比較することにより差異を明確にすると共に、適切な統計処理を検討することで、より明確な毛髪による健康指標の測定や疾患診断の確立を目指します。さらに、様々な疾患の前向きコホート研究※2を行い、疾患の発症前後の生体内の変化と毛髪成分との因果関係を明らかにするため、血液など体液との相関データや時間経過データの分析を行うことにより、「毛髪による健康指標測定・疾患診断」の実用化を目指して研究を進めてまいります。
※1疾患の有無、病状の変化、治療の効果などの指標となる項目や生体内物質
※2様々な要因を研究開始時に把握し、時間の流れに沿って、健康状態の変化などを追跡する研究
4. 米国科学誌「PLOS ONE」の紹介
「PLOS ONE」は、研究者が科学と医学の進歩を加速できるように支援する非営利のオープンアクセス型の出版社であるPublic Library of
Science社が2006年に創刊した学会誌です。科学、工学、医学、関連する社会科学、人文科学にわたる200以上の幅広い分野の研究を対象とし、これらの研究を科学的妥当性、強力な方法論、高い倫理基準に基づいて公正かつ厳正に審査を行い、掲載していることが特徴です。
5. 論文情報
●学会誌名称
PLOS ONE(プロス ワン)
●雑誌URL
https://journals.plos.org/plosone/
●論文URL
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0301092
●発行日
米国東部時間 2024年5月8日(水) 午後2時
日本時間 2024年5月9日(木) 午前3時
●題名
Comparative studies of hair shaft components between healthy and diseased donors
●研究グループ
太田 あつ子1、北村 弘明1、杉元 啓悟1、小川 美帆2、3、堂前 直4、奥野 広樹5、高橋 和也5、
池田 和貴6、冨田 努7、松岡 直樹8、松石 邦隆8、猪熊 哲朗8、長野 徹8、武尾 真3 、辻 孝2、3
1株式会社アデランス
2株式会社オーガンテック
3国立研究開発法人理化学研究所 生命機能科学研究センター 器官誘導研究チーム*
4国立研究開発法人理化学研究所 環境資源科学研究センター 技術基盤部門 生命分子解析ユニット
5国立研究開発法人理化学研究所 仁科加速器科学研究センター
6公益財団法人かずさDNA研究所 生体分子解析グループ
7国立研究開発法人国立循環器病研究センター バイオバンク
8地方独立行政法人神戸市立医療センター中央市民病院
*研究当時の所属チーム(2024年3月終了)
■株式会社アデランスについて
アデランスは、時代と共に変わるお客様のニーズに対応し、ライフスタイルや様々な利用シーンに合わせた、生活の幅を広げるツールとしてのウィッグや自毛植毛などのトータルヘアソリューションをグローバルに提供しています。
経営理念の一つである「最高の商品」の開発および毛髪関連業界の発展を目指し、機能性人工毛や医療用ウィッグの研究開発、育毛・ヘアスカルプケア関連研究、抗がん剤脱毛抑制研究など、産学連携でも毛髪関連の研究を積極的に取り組んでいます。
■株式会社オーガンテックについて
オーガンテックは、「オーガン(器官、臓器)」の再生医療の実現や、革新的な三次元人工皮膚の開発から創薬支援、ヘルスケアの研究開発支援を目指すバイオベンチャーです。「器官再生医療」では、世界的にオリジナルな「器官原基法」による、生涯にわたる「毛髪の再生」の技術パイプラインを有するほか、臨床試験に向けた開発を進めています。また「歯の再生」においては、歯根膜を有する次世代インプラントの開発を進め、世界の人々の生活の質(QOL)に関わる医療の確立を目指しています。理化学研究所を中心とした約20機関から構成される「毛髪診断コンソーシアム」では、理化学研究所、アデランス社と共にコンソーシアムを設立するなど、健康長寿社会の実現に向けた技術開発にも取り組んできました。
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