安全な「水素点滴」医療現場への活用を示唆
●国立大学法人山口大学と、水素専門の機器メーカー株式会社ドクターズ・マン(神奈川県横浜市)が共同研究でブタを用いた水素点滴中の水素の体内動態を検証しました。
●ニードルレスの側孔のあいたプラスチック製カニューラ(注1)を用いることにより、水素(注2)を異種物質の混入なく点滴液に加圧混入できることが確認できました。●
今回の水素充填方法による溶液(生理食塩水)のpHや組成の変化は認められず、無菌性が損なわれることもありませんでした。●
水素飽和生理食塩水をブタ(注3)の左内頚静脈から1時間当たり125mlの速さで点滴投与した場
合、点滴ラインの先端より3cm心臓側の左内頸静脈から採取した血液サンプルの水素濃度、右
心房から採取した血液サンプルの水素濃度は、それぞれ、もとの生理食塩水の水素濃度の1/25
0~300、1/2300に希釈されていることが明らかとなり、水素の存在を確認できました。
水素点滴中、体内に入った水素は、肺を通過する間に呼出され、右頸動脈から採取した血液サンプルの水素濃度に変化は認められませんでした。【研究概要】
山口大学大学院医学系研究科器官病態内科学講座(澁谷正樹講師、佐野元昭教授)と共同獣医学部臨床獣医学講座(谷健二教授)の研究グループは、ブタを用いて水素点滴時の水素の体内動態を世界で初めて明らかにしました。
抗酸化作用を持つ水素ガスは、in
vitro、動物実験、ヒトを対象とした研究において、心血管系疾患、腎疾患、膠原病・自己免疫疾患、がん、呼吸器系疾患、中枢神経系疾患、感染症など幅広い治療適応について評価されてきました。新薬候補物質としての水素ガスに関連する論文が、基礎研究、臨床試験の多様性を反映して2000件以上報告されております。
水素の送達方法としては、吸入、水素水の飲用、水素点滴、水素風呂への入浴、電解水透析など、多種多様な方法が試されています。しかし、依然として、臨床適応症に応じたふさわしい投与形態は定まっていません。これは各々の送達方法における水素の体内動態と薬力学が科学的に証明されていないのが原因と考えられます。
水素点滴とは、水素を生理食塩液水などの点滴製剤に溶かしたものを、血液中に点滴で注入する療法です。点滴で直接体内に水素を取り入れるため、血流にのった水素が体の隅々まで行き届き強い抗酸化作用が発揮されると考えられてきました。
本研究では、水素を異種物質の混入なく点滴製剤(医薬品)に加圧混入できる方法を確立しました。そのうえで、ブタの左内頚静脈から水素含有生理食塩水を1時間あたり125mlのスピードで点滴投与したところ、点滴ラインの先端より3cm心臓側の左内頚静脈における血液中の水素濃度と右房内の血液中の水素濃度は、それぞれ点滴液中の水素濃度の1/250~300、1/2300に希釈されることを確認しました。肺を通過する間に血液中の水素はほとんどすべて呼出され、右頸動脈内へは水素は送達されていません
でした。本研究成果は、Biomedicines誌に2025年1月19日付で掲載されました。本研究は、株式会社ドクターズ・マンの支援で行われました。【研究内容】
(1) 点滴製剤(医薬品)に水素を補充する行為の医療上安全性について
点滴製剤ゴム栓の中央部に垂直に注射針を刺すと不純物が混ざる事実が報告されておりました。それを予防するための工夫として、ニードルレスの側孔のあいたプラスチック製カニューラを用いることによって、異種物質の混入なく点滴製剤(医薬品)に水素を加圧混入できることが確認されました(図1)。水素を溶存させることで、無菌性は損なわれることなく、点滴のpHや組成にも変化は認められませんでした。
図1. A:a.通常の注射針, b.PTFEフィルター, c.フィルターアタッチメント B:ニードルレスカニューラ C:水素発生装置と水素充填用回路(2)
水素飽和生理食塩水点滴後の水素の体内動態について
水素飽和生理食塩水をブタの左内頚静脈から1時間当たり125mlの速さで点滴投与しました。点滴ラインの先端より3cm心臓側の左内頸静脈から採取した血液サンプルの水素濃度は6.4(30分)、4.7(60分)、4.9(90分)、5.3(120分)ppb
w/w 、右心房から採取した血液サンプルの水素濃度は、0.7(30分)、0.5(60分)、0.7(90分)、0.7(120分)ppb
w/w、右内頸動脈から採取した血液サンプルの水素濃度は、0.2(30分)、0.3(60分)、0.0(90分)、0.0(120分)ppb w/wでした(図2)
水素飽和生理食塩水投与によって血圧、心拍数、経皮的酸素飽和度に変化は認められませんでした。
図2. サンプル採取部位と血中水素濃度の推移【今後の展開】
1時間当たり125mlの速さで水素飽和生理食塩水を点滴投与しても全身に送達することはできませんでした。透析治療では1分間に500mLの透析液を使用します。透析液は患者1人あたり1回の治療で
120L
使用することになります。透析が4時間以上の方や、オンラインHDFでは120Lよりも多くの透析液を使用します。この透析液に水素を混ぜた場合、体内の水素動態がどうなるか、明らかにしていく予定です。
【用語解説】注1. ニードルレスの側孔のあいたプラスチック製のカニューラ(セイフバイアクセス(TM);カーディナルヘルス社)
先端は盲端の鈍針となっており、代わりに横穴が開いている針刺し事故防止のためのデバイス(図1 B)です。通常の注射針(図1 A
a)では点滴のゴム栓を穿刺する際に削りとったゴム片が点滴に混入することがあります。このカニューラはゴム栓を削ることがありませんので混入防止につながります。
注2.水素水素(分子状水素,
H2)は抗酸化作用があるとされています。これは、水素分子が活性酸素種(ROS)を中和し、細胞や組織を酸化ストレスから保護するという仮説に基づいています。水素療法にはいくつかの方法があります。水素吸入(水素ガスを直接吸入する方法)、水素水の飲用(水素を溶かした水を飲む方法)、水素点滴(水素を含む溶液を点滴で体内に注入する方法)、水素入浴(水素を含む温浴に浸かることで、皮膚から水素を吸収する方法)です。
注3.ブタ
ブタの生物学的特性は人間と非常に似ており、医学研究や薬物開発において重要な役割を果たしています。ブタは比較的大きな動物であり、手術や検査が容易に行えるため、実験の精度が高まります。ブタは多くの人間の疾患を再現することができ、また、遺伝子操作が比較的容易という利点もあります。
【論文題目と著者】Pharmacokinetics of hydrogen during hydrogen-saturated saline infusion
in pigsMasaki Shibuya, Masafumi Fujinaka, Mako Yonezawa, Natsumi Nishimura,
Hitoshi Uchinoumi, Hiroshi Sunahara, Kenji Tani, Eiji Kobayashi and Motoaki Sano
「ブタにおける水素飽和生理食塩水点滴後の水素の体内動態」澁谷正樹(責任著者)、藤中理史、米澤眞子、西村夏実、内海仁志、砂原央、谷健二、 小林英司、佐野元昭
掲載誌:BiomedicinesDOI:
https://doi.org/10.3390/biomedicines13010234【お問い合わせ先】(研究に関すること)
山口大学大学院医学系研究科器官病態内科学講座講師 澁谷正樹(しぶや まさき)電話番号:0836-22-2248
Eメール:mshibuya@yamaguchi-u.ac.jp(水素医療全般に関すること)山口大学大学院医学系研究科器官病態内科学講座教授 佐野元昭(さの
もとあき)電話番号:0836-22-2244Eメール:msano@yamaguchi-u.ac.jp(医獣連携に関すること)
山口大学共同獣医学部臨床獣医学講座獣医外科学研究室教授 谷健二(たに けんじ)電話番号:083- 933-5908
Eメール:ktani@yamaguchi-u.ac.jp(報道に関すること)
山口大学医学部総務課広報・国際係(西村)
電話番号:0836-22-2009
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