現行の医療保険制度存続への危機感が負担増額への同意を阻む ~負担増額への支持を得るためには将来の見返りを示すだけでは不十分~
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東京理科大学 プレスリリース:2024年08月28日 報道関係者各位 現行の医療保険制度存続への危機感が負担増額への同意を阻む
~負担増額への支持を得るためには将来の見返りを示すだけでは不十分~ 研究の要旨とポイント
大多数の日本人が、老後、医療保険から得られる期待利得を過小評価していることが判明しましたが、期待利得が彼らの想像よりも高い可能性を伝えても、負担増額の支持はあまり高まりませんでした。
例外的に、日本政府の財政状況に楽観的な人たちは、将来の期待利得を知ることで負担増額の支持が高まる傾向がありましたが、政府の厳しい財政状況を知るとその傾向は消えました。
国民に社会保障の負担増額を受け入れてもらうためには現行制度が存続する前提での将来利得を伝えるだけでは不十分で、長期的な未来を見据えた制度の見直しの必要性を示唆する結果です。
【研究の概要】
東京理科大学 教養教育研究院の松本 朋子准教授と同大学 経営学部の岸下
大樹講師は、多くの日本人は医療保険から得られる将来の見返りを過小評価しており、将来の期待利得を伝えることで医療保険制度への負担増額を許容するようになるという仮説を立て、検証しました。その結果、予想通り大多数の日本人は将来利得を過小評価していましたが、期待される将来利得が想像よりも高い可能性を伝えても、負担増額への支持は高まりませんでした。例外的に、日本政府の財政リスクを低く考える人たちでは、情報提供により負担増額への支持が高まりましたが、そういった人々も財政リスクを認識するとその傾向はなくなりました。
高齢化が進む現在、日本の財政状況は年々厳しさを増しつつあり、現行の医療保険制度を持続させるためには、国民が負担増額を受け入れるよりほかない状況となっています。しかし、医療保険制度による見返りよりも負担が多い勤労世代の大半の人々に、医療保険料の引き上げに納得してもらうことは容易ではありません。
そこで本研究では、社会保険料は将来自分たち自身に見返りがあるものなのだと自覚できれば、負担増額への支持が高まるのではと考え、オンライン調査実験を行いました。その結果、予想される将来利得が想像よりも高かったとしても、負担増額の支持率は高まりませんでした。その背景には、現行の医療保険制度が自分たちの老後まで存続するとは思えないという不信感があることが示唆されました。この結果は、勤労世代の信頼を得るためには、長期的な未来を見据えた制度設計の見直しが必要であることを意味しています。
本研究成果は、2024年8月8日に国際学術誌「European Journal of Political Economy」にオンライン掲載
[]されました。
【研究の背景】
松本准教授と岸下講師は、所得格差の拡大が深まる現代において、医療保険制度を含む所得再分配政策の拡充を求める声がなぜ強まらないのかに関心を持って研究を進めています。所得再分配で「得をするはずの人」たちが反対の声を上げるという一見矛盾した意思決定の背景を探る両教員のこれまでの研究は本学プレスリリースなどでも紹介されています(※1)。
本研究で松本准教授と岸下講師が着目したのは公的医療保険制度です。高齢化に伴う健康リスクは将来誰しもが直面するものであることを踏まえると、公的医療保険制度はすべての人に潜在的なメリットがあるといえます。しかし、勤労世代の多くの人々はまだそのメリットを実感しにくく、医療保険料の支払いが見返りを上回っている現状を「支払い損」と感じており、負担増額への支持が得られにくいという課題があります。
こうした背景を受け、自分が将来公的医療制度から得られると期待される便益を具体的に示すことで、制度を維持するために医療保険料の負担増額への支持が高まるのではと着想し、研究を行いました。
※1 東京理科大学プレスリリース「「自信過剰」は不公平の認識を高めるが、格差是正への支持は高めない
~自認する能力と所得のギャップが政治的選好に与える影響について初の調査~」
https://www.tus.ac.jp/today/archive/20220921_5687.html
上記研究および本研究を含む松本准教授の研究について概観した記事は、岩波書店『世界』2024年2月号pp.78-85
松本朋子著「所得再分配の壁──世論調査と実験からの模索」でお読みいただけます。
【研究結果の詳細】
調査は日本人回答者4367人を対象にオンラインで行いました。調査の冒頭で、回答者に対して、自分が高齢になったときに公的医療制度から得られると思われる利益を回答するよう求め、次に、日本の公的医療制度の給付に関する正しい情報を無作為に提供しました。具体的には、介入群には、高齢者が制度から受ける正確な給付額を提示しました。なお介入群は、高齢化によって政府の財政維持が難しくなる可能性に関する情報を提供したサブグループとしていないサブグループに分けられました。
その結果、回答者の約8割が老後の期待利益を過小評価しており、日本国民の多くが公的医療制度から得られる利益を正しく認識していないことが示唆されました。このような回答者を対象に、高齢者が制度から受ける正確な給付額についての情報提供の効果を検証しました。
結果は予想に反して、情報提供は回答者の医療保険料負担増支持に影響を与えませんでした。この直感と反する結果は、少子高齢化による財政の持続不可能性に対する懸念を、人々がすでに共有していることに起因している可能性があると考えられます。この可能性を検証するため、研究チームは調査の冒頭に日本の財政状況に対する認識を尋ねる項目を設定していました。この質問を利用して、財政に関するリスクを認識している/認識していないサブグループに分け、それぞれのサブグループについて、情報提供による効果を検証しました。その結果、財政リスクをすでに認識していた回答者については、期待利得の情報提供による効果は見られませんでした。
逆に、財政リスクを認識していなかった回答者では、期待される利益についての情報提供によって、医療保険料の引き上げへの支持が28.9ポイント増加しました。しかし、このプラスの影響は、政府財政の持続不可能性についての情報提供を受けると相殺されました。
これらの結果は、医療保険料の引き上げに対するより広範な支持を得るためには、人々に自らの将来期待される給付額について知らせるだけでなく、持続可能な将来を見据えた、堅実で信頼性のある財政の実施が不可欠であることを示唆しています。
研究を行った松本准教授・岸下講師は「高齢化が進む中で、社会保障の負担をどうするかは重要な課題です。本研究は、そうした議論をする上で財政という視点が欠かせないということを示した成果です」と、本研究の意義を語っています。
本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科研費(22K13339, 22K13368)の助成を受けて実施したものです。【論文情報】
雑誌名:European Journal of Political Economy論文タイトル:Self-Benefits, Fiscal Risk, and
Political Support for the Public Healthcare System著者:Daiki Kishishita, Tomoko
MatsumotoDOI:
https://doi.org/10.1016/j.ejpoleco.2024.102597 当リリースの詳細について
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000098.000102047.html
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