可視~近赤外の広範囲でハイパースペクトルイメージングが可能な硬性内視鏡システムを開発 -生体内の深部組織観察や非破壊検査の進展に寄与-

* スーパーコンティニューム光源(*1)と音響光学可変フィルター(*2)を用いて、可視光~近赤外光の範囲(490~1600nm)でハイパースペクトルイメージングを実行できる硬性内視鏡システムを開発しました。

* ニューラルネットワークを用いた6種類の樹脂片の分類試験では、精度99.6%、再現度93.7%、特異度99.1%という優れた結果が得られました。

* 本研究をさらに発展させることにより、硬性内視鏡を用いた生体深部組織の分光分析や有機物質分析技術の進展が期待されます。

【研究の概要】

東京理科大学 研究推進機構 生命医科学研究所の高松 利寛講師(2023年4月-2024年3月、現 産業技術総合研究所 主任研究員)、同大学大学院

創域理工学研究科 機械航空宇宙工学専攻の福島 諒大氏(2023年度 修士課程修了)、同大学大学院 先進工学研究科 マテリアル創成工学専攻の佐藤

幸之輔氏(2023年度 修士課程修了)、同大学 先進工学部 機能デザイン工学科の梅澤 雅和准教授、曽我 公平教授、同大学 創域理工学部 機械航空宇宙工学科の竹村

裕教授、 理化学研究所 光量子工学研究センター 画像情報処理研究チーム チームリーダーの横田

秀夫博士、スペインのラス・パルマス・デ・グラン・カナリア大学(Universidad de Las Palmas de Gran Canaria)のAbian

Hernandez-Guedes氏(2023年度 博士課程在籍)、Gustavo Marrero

Callicό教授の研究グループは、スーパーコンティニューム光源と音響光学可変フィルターを用いて、490nmから1600

nmまでの幅広い波長に対応したハイパースペクトルイメージング(HSI)を実行できる硬性内視鏡システムを世界に先駆けて開発することに成功しました。本研究をさらに発展させることで、産業界をはじめとするさまざまな分野での異物検査、品質管理、成分分析の技術発展が期待されます。

HSIとは、物質の表面で吸収・放射・反射される光を、可視光や赤外線などの広範な波長範囲で捉える技術です。通常のデジタルカメラでは、赤、緑、青の3色の波長帯で対象を捉えますが、HSIでは、光を数十から数百もの連続する細かな波長帯に分光して情報を収集することができます。これにより、対象物のより細かな色や特徴の判別が可能となるので、成分分析や状態評価に応用されています。今回、本研究グループは特定の波長を連続的に抽出できるスーパーコンティニューム光源と音響光学可変フィルターを組み合わせ、可視光~1000nm以上の広い波長範囲でHSIを実行できる硬性内視鏡の開発を行い、その特性を評価しました。

ニューラルネットワークを用いて、6種類の樹脂片の分類試験を行ったところ、1000nm以上の近赤外領域の光を使用する場合、精度99.6%、再現率93.7%、特異度99.1%での分類を実現することができました。本研究をさらに発展させることにより、人間の目では識別できない異物の検出や成分の特定を行うことができ、広範な分野での分析技術の進展が期待されます。

本研究成果は、2024年4月17日に国際学術誌「Optics Express」にオンライン掲載されました。

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https://www.tus.ac.jp/today/archive/20240426_1672.html)をご参照ください。

図 本研究で開発した硬性内視鏡と6種類の樹脂片の分類試験

【研究の背景】

近赤外領域(800~2500nm)の光を利用した近赤外ハイパースペクトルイメージング(HSI)は、肉の脂肪、同系色の樹脂組成、異物による汚染など、可視光では識別しにくい対象物の成分を非破壊で分析できるため、食品分野や産業分野で注目を集めています。また、近赤外光には生体内の水分による吸収や散乱による損失が少なく、透過性が高いという特長があり、生体に適用すると体の深部からのスペクトル情報を取得することが可能となります。

そのため、正常な組織に隠れた病変部分の可視化など、医療分野への応用も期待されています。このような背景から、測定対象や測定環境に応じて、近赤外HSIを実行できる装置が数多く開発されてきました。本研究グループは、過去に近赤外光を利用したHSI技術に関する研究を数多く行ってきました。2020年には、粘膜下の深部にあり、診断の難しい消化管間質腫瘍(GIST)を高い精度で識別できる技術を開発するなど、医療分野のQOL向上に大きく貢献してきました(※1)。しかしながら、1000nm以上の波長を使用すると、通常の可視カメラでは感度が低下する、色収差補正が可能なレンズも少ないなど、硬性内視鏡下で利用するには解決すべき課題が数多く山積していました。そのため、大型の撮像装置しかなく利用場面が限定的でした。

今回、本研究グループはスーパーコンティニューム光源と音響光学調整可能フィルターを使用し、可視光から近赤外領域までのHSIが可能な独自の硬性内視鏡を開発しました。そして、6種類の樹脂片のHSIデータを取得し、ニューラルネットワークを用いて同系色の樹脂を分類できるかどうかを検討しました。

※1: 東京理科大学プレスリリース(2021年2月2日)

『近赤外光を利用したハイパースペクトル画像から粘膜下腫瘍(GIST)を識別 ~GISTの早期発見、切除部位の最小化につながる画像識別手法の開発に成功~』

URL:

https://www.tus.ac.jp/today/archive/20210202_0102_jp.html

【研究結果の詳細】

はじめに、得られたスペクトルの特性について評価しました。その結果、画素ごとに波長(490~1600nm,6nm間隔)の分光スペクトルが計測され、強度については1064nm付近に約18mWのピークを有していることがわかりました。以上の結果から、広範な波長を測定できると同時にさまざまな対象物を非破壊で測定できることが示唆されました。

次に、6種類の樹脂片(繊維強化プラスチック、アクリル、エポキシガラス、ナイロン6、ポリカーボネート、硬質塩化ビニル)を対象として、可視光~近赤外領域のHSIを取得しました。その結果、各スペクトルの1000nm以上の波長帯において、分子振動由来の吸収特性が現れていることがわかりました。アクリル、硬質塩化ビニル、ポリカーボネートでは1200

nm付近にCH2由来のピークが見られました。また、アクリルとポリカーボネートでは1340nm付近にCH3由来のピーク、1440nm付近に芳香族CH由来のピークが観察されました。

さらに、これらのスペクトルデータとニューラルネットワークを組み合わせて、6種類の樹脂片の分類試験を行いました。可視領域(490~652nm)のスペクトルデータを用いた分類試験では、誤分類が多く、再現率は22.1%でした。特に、透明なアクリル、ポリカーボネート、硬質塩化ビニルを背景と誤認識し、繊維強化プラスチックをエポキシガラスと誤分類することが多いことがわかりました。近赤外領域(652~1000nm)のスペクトルデータを用いた分類試験でも、同様の誤認識が見られ、再現率は37.4%でした。一方で、全領域(490~1600nm)と1000nm以上の領域(1000~1600nm)のスペクトルデータを用いた分類試験では、誤分類がほとんどなく、それぞれの精度は99.3%と99.6%、再現率が90.1%と93.7%、特異度が98.5%と99.1%でした。

本研究を主導した竹村教授は「見えないものを可視化することによって、医療の発展を実現し、患者のみならず医師のQOL向上につなげたいという動機で本研究を進めてきました。本研究成果により、手術中に浸潤したがん領域の特定、血管、神経、尿管などの深部組織の可視化が可能となり、手術ナビゲーションの性能向上につながります。また産業界においても、これまで扱ってこなかった光での計測が可能となり、非破壊検査の新たな領域の創造につながることが期待されます」と、研究成果についてコメントしています。

※本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科研費(JP21H038440)、国立がん研究センター(31-A-11,

2023-A-9)、日本医療研究開発機構(23he0422027j0001, 23ym0126806j0002)、”Agencia Canaria de

Investigacion, Innovacion y Sociedad de la Informaciόn(ACIISI)” of the

“Consejeria de Economia, Conocimiento y Empleo”による助成を受けて実施したものです。

【用語】

*1 スーパーコンティニューム光源: 連続かつ広範囲で位相の揃ったレーザー光を生成する光源。

*2 音響光学可変フィルター: 音響波を利用して光の透過特性(波長選択性)を制御する装置。

【論文情報】

雑誌名:Optics Express

論文タイトル:Development of a visible to 1600 nm hyperspectral imaging rigid-scope

system using supercontinuum light and an acousto-optic tunable filter

著者:Toshihiro Takamatsu, Ryodai Fukushima, Kounosuke Sato, Masakazu Umezawa,

Hideo Yokota, Kohei Soga, Abian Hernandez-Guedes, Gustavo M. Callico, and

Hiroshi Takemura

DOI:10.1364/OE.515747

URL:

https://doi.org/10.1364/OE.515747