移植時の水素ガス含有保存液は循環停止したドナー腎臓の慢性拒絶を防止する
2021年2月17日
報道関係者各位
北里大学
移植時の水素ガス含有保存液は
循環停止したドナー腎臓の慢性拒絶を防止する
北里大学獣医学部の岩井聡美准教授らは、 慶應義塾大学医学部の佐野元昭准教授、 小林英司特任教授との共同研究により、 ミニブタを用いて、
心停止して血流が止まったマージナルな状態から摘出したドナー腎臓に水素ガスを圧入した臓器保存液(注1)を用いることで、
強い傷害を受けた臓器を移植可能な臓器へと蘇生させ急性期を乗り越えたうえに、 慢性期の同種移植片拒絶反応の発生を防止することを明らかにしました。
ヒト臨床における腎移植治療では、 マージナルドナー(注2)から得られた腎臓を移植すると、
生体ドナーからの腎臓移植より高率に慢性同種移植片拒絶反応が発生することが知られています。 先に本研究グループの小林英司特任教授らは、
株式会社ドクターズ・マン(代表取締役 橋本総)との共同研究により、 水素ガスを圧入した臓器保存液を開発し、
急性期における阻血・再灌流障害の発生を予防できることを報告しました。 そこで、 本研究では、 ミニブタにヒト臨床に即した免疫抑制薬のプロトコルを使用し、
超音波検査やCT検査を行いながら長期経過観察をしました。 水素を含む保存液で処理されたマージナル腎は、 100日以上生着でき、
病理学的上も移植組織における線維化などの慢性拒絶反応が抑えられることが判明しました。
本研究で開発したヒト臨床を念頭においた高齢のミニブタの腎移植モデルは、 獣医医学における血管吻合や尿管吻合などの手術技術の向上とともに、
免疫抑制薬の長期投与という実験動物の扱いにも精通する必要がありました。
本研究成果は、 2021年2月17日 午前9時(日本時間)、 欧米科学雑誌『Frontiers in Immunology』オンライン版に掲載されました。
研究の背景と概要
移植医療において、 世界的なドナー不足は大きな問題であり、 心停止後ドナーや高齢ドナー、 または移植には不適切なドナーからの臓器提供によって、
近年ドナー数を増加させる努力がなされてきました。 しかし、 生体や脳死ドナーからの臓器と比較して、
これら適用境界症例(marginal)にあたる臓器は機能不全や遅延が深刻な問題でした。
心停止後のドナーからの献腎移植は、 レシピエントの待機期間を削減する一つの方法ですが、 心停止から腎臓摘出までの温虚血時間が長く、 加えて、
移植に強い虚血再灌流障害(Ischemia-Reperfusion Injury)(注3)を起こすために、 移植後初期機能不全や拒絶反応の発生リスクが高まり(
GuelerF, et al., Kidney Int., 2004)、 移植後の生存率、 定着率が低いという結果となっております(Cavaillé-Coll
M, et al., Am J Transplant., 2013)。 そのため、 虚血腎のような傷害臓器を移植可能な臓器へ甦生するために、
ドナーが得られた場所で緊急的かつ簡便に行える還流法や保存法の開発が急務でありました。
水素ガスには、 虚血再灌流障害を抑制する作用があることが明らかにされ、 有効性を検証する臨床試験も行われています(Hayashida et al., BBRC,
2008, Hayashida et al., Circulation, 2014, Tamura et al., Circ. J., 2016,
Katsumata et al., Circ. J., 2017; Tamura et al., Trials, 2017)。 臓器移植の分野でも、
臓器保存液に水素ガスを溶存させることにより移植後の臓器機能の回復を向上させることが動物実験で示されてきました(Haam et al., J. Heart
Lung Transplant., 2018; Ishikawa et al., Surg. Today, 2018; Tamaki et al., Liver
Transpl., 2018; Uto et al., BMC Gastroenterol., 2019、 他)。 しかし、 従来の技術は、
大掛かりな装置を必要とする上に、 短時間で水素含有保存液を作製することが困難であったために、
緊急性が要求される移植医療の臨床現場への導入が普及してきませんでした。
本研究グループは、 臓器保存液の容器内に高濃度の水素ガスを、 瞬時に圧入する新しい機器を開発しました。 この機器は、 水素吸蔵合金キャニスターを利用したもので、
小型で携帯性に優れ、 ドナー(臓器移植)病院において短時間で簡便に水素含有保存液を作製することが可能であり、
緊急性が要求される移植医療の臨床現場に適しております。 この技術を活用して、 摘出前に循環停止状態が続いて傷害を受けた高齢ミニブタの腎臓を、
臓器保存液内で水素ガスと接触させることで、 別の高齢ミニブタに移植した後にも、 移植後短期的観察(術後 6 日目まで)において、
尿排泄機能を維持できるレベルまで蘇生させることを報告して参りました(Kobayashi E, et al., PLOS ONE, 2019)。
今回、 本研究グループは、 移植後長期間の経過観察を行うことで、 移植前に水素含有保存液で心停止ドナーから摘出した腎臓を灌流することによって、
慢性拒絶を防止できることを明らかにしました。
研究の成果と意義
以前、 本研究グループが報告した水素充填方法と同様に、 4℃に冷やした臓器保存液(ETK液)中に水素ガスを充填しました(図1)(Kobayashi E, et
al., PLOS ONE, 2019)。
ミニブタを用いて、 血流を遮断した状態で時間が経過した虚血腎に、 水素を充填した臓器保存液と充填していない保存液を用いて、 臓器内の残った血液を洗い流しました。
水素を充填した保存液を用いたところ、 図1(A)-1.のようになり、 水素を充填しなかった保存液を用いた場合より(図1(A)-2.)、
きれいに臓器内の血液を洗い流すことができました。 さらに、 それぞれの保存液に保存したのちレシピエントに移植したところ、
水素を充填した保存液の腎臓は移植後の血流が良好であったが(図1(B))、 水素を充填していない保存液を用いた腎臓はすぐに血流が悪くなりました(図1(C))。
図1. 虚血腎の洗い流し後と移植・再灌流後の腎臓の様子
水素を充填した保存液を用いた腎臓を移植した腎臓は、 術後経過における超音波検査や造影CT検査において、 十分な血流が認められたのに対して(図2. H-DCD20
group, 左の列)、 水素を充填していない保存液を用いた腎臓は全く血流がみとめられなかった(図2. NH-DCD20 group, 真ん中の列)。
図2. 超音波検査と造影CT検査
水素を充填した保存液を用いた腎臓は、 移植後100日以上経過しても生着し、 十分な機能を維持しました。 一方、 水素を充填していない保存液を用いた腎臓は、
移植後数日以内に無機能となりました。
また、 それぞれの腎臓を病理組織学的に観察したところ、 水素充填した保存液を用いた腎臓は慢性拒絶反応の発現が抑制されました。
本研究から、 水素が心停止ドナーからえられたマージナル腎臓を移植可能な臓器へ蘇生させ、 急性期の虚血再還流傷害を抑制することに加え、
慢性拒絶反応の継発を防止したことが示されました。 したがって、 臓器保存液に水素ガスを充填することで、 マージナル臓器の損傷を緩和し、
移植直後の急性期だけでなく、 長期的な予後を改善させることが期待されました。
特記事項
本研究は、 株式会社ドクターズ・マンからの支援によって行われました。
論文情報
掲載誌:Frontiers in Immunology 1. 論文名:Prevention of Chronic Rejection of Marginal
Kidney Graft by Using a Hydrogen Gas-Containing Preservation Solution and
Adequate Immunosuppression in a Miniature Pig Model
(和訳)水素ガス含有保存液と適切な免疫抑制は、 ミニブタの移植モデルにおいて、 マージナル 腎の慢性拒絶を防止する
著者名:Nishi K, Iwai S, Tajima K, Okano S, Sano M, Kobayashi E.
Nishi K and Iwai S have contributed equally to this work and share first
authorship.
D O I:10.3389/fimmu.2020.626295
用語解説
(注1)臓器保存液:
機能不全に陥った臓器の抜本的な治療として臓器移植治療が行われていま す。 現在の臓器移植では、 ドナー臓器を臓器保存液に浸して低温で保存する方法が一般的 です。
しかし、 低温保存によって臓器の鮮度を保てる時間は限られています。
(注2)マージナルドナー:
標準的ドナー条件を満たさないドナー。 生体臓器移植においては高齢 者の他に、 高血圧、 肥満、 軽度の糖尿病を合併したドナーがこれにあたります。 ドナーの
不足によりマージナルドナーからの臓器移植を施行せざるをえない現状があります。 心 停止ドナーもマージナルドナーに含まれます。
(注3)虚血再灌流障害:
虚血状態にある臓器、 組織に血液再灌流が起きた際に、 その臓器・組織 内の微小循環においてさまざまな毒性物質の産生が惹起され引き起こされる障害のこと
を指します。 臓器移植後にも見られます。
問い合わせ先
≪研究全般について≫≪水素ガスの効果について≫
北里大学獣医学部獣医学科小動物第2研究室慶應義塾大学医学部内科学(循環器)
准教授 岩井 聡美(いわい さとみ)准教授 佐野 元昭(さの もとあき)
TEL: 0176-23-4371TEL: 03-5363-3874
FAX: 0176-23-8703FAX: 03-5363-3875
E-mail: [email protected]: [email protected]
≪報道に関すること≫
学校法人北里研究所総務部広報課
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