花粉症の多様な症状を層別化する手法を開発

スマートフォンアプリ「アレルサーチ(R)」を用いたビッグデータ解析 ~ 順天堂大学大学院医学研究科 眼科学の村上 晶 教授、 猪俣 武範

准教授らの研究グループは、

スマートフォンアプリケーション(スマホアプリ)「アレルサーチ(R)︎」*1によるクラウド型大規模臨床研究*2により花粉症の様々な症状と特徴を検証した結果、

花粉症の多様な症状を10群に層別化*3する手法の開発に成功しました。 本手法により、 花粉症の症状に応じて層別化することで、

個々人に対する早期の花粉症予防および効果的な治療につながる可能性があります。 本研究はアレルギー免疫分野の医学雑誌Allergyのオンライン版に掲載されました。

本研究成果のポイント * iPhoneアプリケーション「アレルサーチ(R) 」を用いて 11,284名の花粉症関連健康ビッグデータを検証した。

* 花粉症の多様な症状を次元削減アルゴリズムを用い10群に層別化し、 その特徴を可視化した。

* スマホアプリから花粉症の症状を収集し層別化することで、 個々人に対する早期の予防および効果的な治療につながる可能性がある。

背景

花粉症は本邦約3,000万人が罹患する最も多い免疫アレルギー疾患であり、 患者数の増加が続いています。 また花粉症は医療機関への受診が多い疾患の一つであり、

医療費の増大に影響します。 花粉症の症状は生活の質や労働生産性の低下に繋がります。 花粉症はアレルギー性鼻炎、 アレルギー性結膜炎、 花粉皮膚炎等を起こし、

症状は多臓器に渡ります。 さらに、 発症年齢、 経過、 重症度、 治療への効果、 予後等は個々人によって異なります。 また、

乳児期にアトピー性皮膚炎として発症し、 小児期に食物アレルギー、 気管支喘息、 アレルギー性鼻炎、 アレルギー性結膜炎等を次々と罹患する、

いわゆるアレルギーマーチが起こり、 小児期から成人期まで対応する診療科が変遷します。 ところが、

これまで花粉症を対象とした複数の診療科における横断的・縦断的な有機的診療連携は未だ達成されていません。 そのため、 多臓器にわたる多様な花粉症の症状に対し、

最適化された花粉症診療が進まないことが課題となっています。 さらに、 花粉症の原因は、 花粉や大気汚染物質等の環境要因、 食事・喫煙・運動等の生活習慣、

家族歴・年齢等の疫学的要因等が複合的に関連しています。 そのため、 花粉症の病態理解と診療の質の向上には、

それぞれの日常生活圏における花粉症に関する包括的なデータを収集分析し、 個々人にとって最適化された花粉症対策を行う必要があります。 そこで、

本研究では花粉症の多様な症状の層別化を目的に、 花粉症研究用スマホアプリで収集した大規模なクラウド型データを検証しました。

内容

今回の研究では、

Apple社のResearchKitを利用したiPhoneアプリ「アレルサーチ(R)️」を対象期間中(2018年2月1日~2020年5月1日)にダウンロードし、

同意を得た研究参加者11,284名を対象としました。 花粉症の多様な症状は、 5項目の鼻症状スコア、 4項目の非鼻症状スコアを用いて分類しました。

収集したデータを解析したところ、 11,284名の研究参加者のうち、 80.1% (9,041名)に花粉症の既往を認めました。

さらに、 花粉症の多様な症状を、 次元削減アルゴリズムUMAPを用いて検証を行ったところ、 10群のクラスターに層別化することに成功しました(図1)。 そして、

階層型クラスタリングを用いて層別化された各クラスターの鼻症状スコアならびに非鼻症状スコアを視覚化しました(図2)。

このように花粉症の多様な症状が層別化ができるようになると、 各クラスターそれぞれに対する予防や治療戦略を組み立てることができるようになります。 本研究により、

花粉症の多様な症状を層別化してその特徴を視覚化することに成功し、 スマホアプリから個々人の花粉症症状を収集し検証することで、

花粉症の予防や効率的な治療につながる可能性があります。

図1: 花粉症の多様な症状の層別化

次元削減アルゴリズムUMAPを用いて花粉症の多様な症状を10つのクラスター(色別)に層別化した。 例えば重症群のクラスタ1と3は近傍に配置されている。

UMAP: Uniform Manifold Approximation and Projection (次元削減手法の一つ)

図2: 層別化された各クラスターの多様な花粉症症状の視覚化

階層型クラスタリングを用いて層別化された各クラスターの多様な花粉症症状を視覚化した。 例えば重症群であるクラスター3は全ての症状が強い。 一方クラスター9では、

鼻症状が強いことがわかる。 そのほかクラスター10では目のかゆみが強い群である。

X軸は鼻症状スコア、 非鼻症状スコア、 Y軸は層別化された各クラスターを表す。

鼻症状スコア、 非鼻症状スコアは、 全くない、 軽度(症状はあるが容易に我慢できる)、 中等度(症状は気になるが、 我慢できる)、

重度(日常生活に支障が出て我慢できない)の0~3点で評価。

今後の展開

今回、 スマホアプリから収集したクラウド型の花粉症関連ビッグデータを用いて花粉症の多様な症状の層別化手法の開発に成功しました。 これにより、

多様な花粉症の症状に対して個々人に最適化した対策がとれるようになることが期待できます。 また身近なスマホアプリを用いることから、

花粉症の早期の予防および効果的な治療につながることも期待できます。 さらに研究を進めることで、 花粉症の症状管理、

重症化抑制や予防介入が可能なスマホアプリの開発を目指していきます。 これにより様々な疾患や症状に対して、

将来のスマホアプリを使った予測・予防・個別化医療や参加型医療を推し進める原動力となると考えています。

用語解説

*1 アレルサーチ(R): 2018年2月に順天堂大学眼科がリサーチキットを用いて作成した花粉症研究のためのiPhone用アプリケーション。 花粉症の症状、

アレルギー性結膜炎の充血度合い、 花粉症による生活の質や労働生産性への影響などの評価が可能である。 花粉の飛散量ならびにPM2.5情報、

ユーザーの花粉症症状のマップ表示(みんなの花粉症マップ)、 花粉症症状の日記(花粉症ダイアリー)などをアプリ上で表示することができる。

*2 クラウド型大規模臨床研究: クラウドとはクラウドコンピューティングの略で、 インターネットなどコンピューターネットワークを経由して、

サービスを提供する方法である。 クラウド型大規模臨床研究とは、 実際の問診票や質問紙票を持たなくても、 インターネットを通じて大規模に行う研究を指す。

*3 層別化(医療):

ある疾患に属する患者を,バイオマーカーを用いていくつかのサブグループに分類し,それぞれのサブグループに適した治療法を選択することを目的とした医療。

※アレルサーチは、 さらなる花粉症の病態理解と予防のため、 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の支援をうけ、 “患者・市民参画 (Patient

& Public Involvement)を取り入れたアレルサーチ”を2020年8月26日に新規リリースしました(

https://allergy-search.com)。

アレルサーチ(R):アレルサーチの商標は順天堂大学発のベンチャー企業であるInnoJin株式会社が保有します。

原著論文

本研究はアレルギー免疫分野の医学雑誌Allergy 誌オンライン版に掲載(2021年9月4日付)されました。

タイトル: 「Symptom-based stratification for hay fever: A crowdsourced study using

the smartphone application AllerSearch.」

タイトル(日本語訳) : 花粉症の多様な症状の層別化: スマートフォンアプリケーション「アレルサーチ(R) 」を用いたクラウド型大規模研究

著者: Inomata T1, Nakamura M2, Iwagami M3, Sung J1, Nakamura M1, Ebihara N1,

Fujisawa K2, Muto K2, Nojiri S1, Ide T1, Okano M, Okumura Y1, Fujio K1, Fujimoto

K1, Nagao M1, Hirosawa K1, Akasaki Y1, Murakami A1

著者(日本語表記): 猪俣武範1、 中村正裕2 、 岩上将夫3、 Sung Jaemyoung 1 、 中村真浩1 、 海老原伸行1 、 藤澤空見子2、

武藤香織2 、 野尻宗子1 、 井出拓磨1 、 岡野光博4、 奥村雄一1 、 藤尾謙太1 、 藤本啓一1 、 長尾雅史1 、 廣澤邦彦1 、 赤崎安序1 、

村上晶1

著者所属: 順天堂大学1 、 東京大学2、 筑波大学3、 国際医療福祉大学4

掲載誌: Allergy

掲載論文のリンク先:

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/all.15078

協賛ならびに研究助成金

本研究は、 株式会社シード、 ジョンソンエンドジョンソン株式会社、 InnoJin株式会社、 ノバルティスファーマ株式会社、

ロート製薬株式会社の助成を受け実施されました。 研究および解析は研究者が独立して実施しており、 助成元企業が本研究結果に影響を及ぼすことはありません。

また、 AMED免疫アレルギー疾患実用化研究事業「患者・市民参画を取り入れた、 診療の質の向上に資する研究」、

公益財団法人一般医薬品セルフメディケーション振興財団平成31年度調査・研究助成金、 順天堂大学環境医学研究所研究助成を受けました。

本研究にご協力いただいた参加者の皆様に深謝いたします。