半月体形成性糸球体腎炎発症におけるロイコトリエンB4の役割を解明
― 難治性糸球体腎炎への治療応用の可能性 ― 順天堂大学大学院医学研究科腎臓内科学の塩田遼太郎 大学院生、 鈴木祐介 教授、
生化学・細胞機能制御学の城(渡辺)愛理 助教、 横溝岳彦 教授の研究グループは、
半月体形成性糸球体腎炎(*1)発症における生理活性脂質ロイコトリエンB4(*2)の役割を解明しました。
半月体形成性糸球体腎炎は早期に好中球が腎糸球体に集積することで発症することが知られていましたが、 好中球を誘導する物質は同定されていませんでした。
研究グループが解析した結果、 免疫複合体が好中球を活性化することでロイコトリエンB4が産生され、 これがさらなる好中球の集積を引き起こすことが分かりました。
本成果は、 根本的な治療法が存在しない急速進行性糸球体腎炎に対し、 ロイコトリエンB4受容体BLT1拮抗薬の投与による新規治療法の可能性を示すものです。
本論文はFaseb J誌に2023年1月24日付で公開されました。 本研究成果のポイント *
ロイコトリエンB4産生酵素や受容体欠損マウスで半月体形成性糸球体腎炎が軽減
*
免疫複合体が好中球からのロイコトリエンB4産生を促進し、さらなる好中球浸潤を引き起こす
*
ロイコトリエンB4受容体BLT1の拮抗薬が半月体形成性糸球体腎炎を軽減
背景
急速進行性糸球体腎炎(*3)は、腎糸球体に急速かつ激烈な炎症が生じ、数週から数か月の経過で腎機能が急速に低下して腎不全に至る予後不良の症候群です。生命予後、腎予後ともに不良で維持透析へ移行する症例も多く、ステロイドや免疫抑制剤など副作用の強い薬剤で治療されています。組織学的には、糸球体内に半月体と呼ばれる特徴的な構造物を認め、半月体形成性糸球体腎炎とも呼ばれます。半月体形成の機序は不明ですが、抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophil
cytoplasmic
antibody:ANCA)や抗糸球体基底膜抗体といった自己抗体が陽性の症例や免疫複合体が沈着する病型が多く、免疫学的機序を介して起こるものと考えられています。本疾患では、初期に好中球と呼ばれる白血球が腎糸球体に集積することが発症の引き金になることが知られていましたが、この好中球集積を引き起こす生理活性物質は同定されていませんでした。
研究グループは、これまで生理活性脂質とその受容体の研究を行ってきました。1997年に好中球の走化性因子として知られていたロイコトリエンB4に対するGタンパク質共役型受容体の遺伝子同定に成功し、BLT1と命名しました。その後、研究グループはBLT1遺伝子の欠損マウスを作製し、気管支喘息、尋常性乾癬、加齢黄斑変性症などのマウス炎症性疾患モデルにおいて、BLT1欠損が病態の軽減につながることを明らかにしてきました。今回の研究では、半月体形成性糸球体腎炎のマウスモデルを用いて病態におけるBLT1やロイコトリエンB4産生酵素の役割の解明を試みました。
内容
本研究では、まず抗糸球体基底膜抗体を含むヒツジ血清とヒツジのイムノグロブリンを投与することで、マウスに免疫複合体沈着、タンパク尿、糸球体障害を生じる半月体形成性糸球体腎炎を引き起こす病態モデルを確立しました。血清投与から6時間後という早期に好中球が糸球体に浸潤すること、好中球を枯渇させる処理を行うと糸球体腎炎が大きく軽減することを見出し、半月体形成性糸球体腎炎発症における早期の好中球浸潤の重要性を立証しました。さらに、好中球走化性因子の探索を行ったところ、血清投与の1時間後の腎臓で、ロイコトリエンB4が産生されていることが分かりました。免疫複合体を用いて好中球を刺激するとロイコトリエンB4が産生されることも分かりました。
そこで、ロイコトリエンB4産生に必須のロイコトリエンA4水解酵素欠損マウス、BLT1欠損マウスを用いて腎炎モデルを作製したところ、野生型マウスと比較してタンパク尿、糸球体障害、腎線維化促進遺伝子の発現が低下しました。また、血清投与後のマウスにBLT1拮抗薬を投与すると、糸球体腎炎が軽減しました。さらに、ヒトのさまざまな糸球体腎炎患者の腎生検サンプルを抗BLT1抗体で染色したところ、半月体形成性糸球体腎炎の代表的疾患であるANCA関連腎炎の患者の糸球体でより多くのBLT1陽性細胞が観察されました。
以上の結果から、免疫複合体が好中球を刺激することでロイコトリエンB4が産生されて好中球を糸球体に誘導し、それが引き金になって糸球体障害が生じて急性腎炎が発症すること、このロイコトリエンB4産生を抑えたり、BLT1拮抗薬を投与することで、半月体形成性糸球体腎炎の予防や治療につながる可能性があることが示されました。
今後の展開
今回、研究グループは半月体形成性糸球体腎炎の発症と増悪に、生理活性脂質ロイコトリエンB4が関わっていることを解明しました。今回の発見から、半月体形成性糸球体腎炎の新規治療薬として、ロイコトリエンB4産生酵素阻害薬や、現在開発が進んでいるBLT1拮抗薬が用いられることが期待されます。
用語解説
*1
半月体形成性糸球体腎炎:腎生検で多くの糸球体に半月体を認める糸球体腎炎の腎病理組織診断名。その原因は種々であり、代表的な疾患にANCA関連腎炎や抗糸球体基底膜(GBM)抗体型糸球体腎炎がある。
半月体形成性糸球体腎炎のほとんどは臨床的に急速進行性糸球体腎炎を呈する。
*2
ロイコトリエンB4:アラキドン酸から産生される生理活性脂質。好中球、好酸球、分化T細胞、一部のマクロファージや樹状細胞を活性化し、炎症部位に誘導する活性が知られている。ロイコトリエンB4受容体であるBLT1は横溝教授によって1997年に分子同定された。
*3 急速進行性糸球体腎炎:腎糸球体に急速かつ激烈な炎症が生じ、数週から数か月の経過で腎機能が急速に低下して腎不全に至る重篤な糸球体疾患。
原著論文
本研究はFaseb J誌に2023年1月24日付で公開されました。
タイトル: The leukotriene B4/BLT1-dependent neutrophil accumulation exacerbates
immune complex-mediated glomerulonephritis
タイトル(日本語訳): ロイコトリエンB4/BLT1受容体依存性の好中球浸潤は免疫複合体依存性の糸球体腎炎を悪化させる
著者:Ryotaro Shioda1,2, Airi Jo-Watanabe1,3, Toshiaki Okuno1, Kazuko Saeki1, Maiko
Nakayama2, Yusuke Suzuki2, Takehiko Yokomizo1
著者(日本語表記): 塩田遼太郎1)2)、城(渡辺)-愛理1)、奥野利明1)、佐伯和子1)、中山麻衣子2)、鈴木祐介2)、横溝岳彦1)
著者所属:1)順天堂大学大学院医学研究科 1)生化学・細胞機能制御学、2)腎臓内科学
DOI:
https://doi.org/10.1096/fj.202201936R
本研究はJSPS科研費JP19K07357, JP18K15051, 20K16148, JP18H02627, JP19KK0199,
21H04798および日本医療研究開発機構(AMED)(JP20gm6210026h0001,
JP19m1210006)、文部科学省(MEXT)私立大学戦略的研究基盤形成支援事業(S1411007)の支援を受け実施されました。なお、本研究にご協力いただいた皆様に深謝いたします。
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