サステナビリティ取り組みの社会的インパクトを推計。ガム噛み習慣による介護費抑制効果は年間約52億円

以下ロッテ)は、「噛むこと」の普及によってもたらされる社会的インパクトの一つとして、ガムによるオーラルフレイル(*1)予防に伴う介護費抑制効果を推計しました。

なお、本推計はみずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社にご協力いただきました。

本推計結果は、全国の65歳以上の人口のうち、ガム噛み習慣を有している割合を13.98%と仮定して試算しており、今後ガム噛み習慣が拡大すると社会的インパクトも拡大することが見込まれます。

戦後にチューインガムで創業したロッテは、今日まで「噛むこと」についての研究を重ね、その結果として「噛むこと」が全身の健康と密接に関わっていることがわかってきました。今後もサステナビリティの取り組みの1つとして「噛むこと」が健康に与える良い影響について研究・発信し、「噛むこと」の普及を通して人々の豊かな生活に貢献していきます。

(*1)本稿でのオーラルフレイルの基準(Tanaka et al.

(2018))は、咀嚼能力、滑舌、舌の力、残存歯数、主観的な噛む力とむせの6項目のうち3項目以上で低下が認められた場合としています。

<推計結果>

ガム噛み習慣による介護費抑制効果=約52億円/年間(要介護3以上)

(全国の65歳以上人口のうちガム噛み習慣を有している割合を13.98%と仮定)

・推計方法の概要

ガム噛み習慣によって抑制が期待できる介護費を下記の推計式にて試算した。

ガムによる介護費抑制効果=ガム噛み習慣によるオーラルフレイル減少率 ※1

×オーラルフレイル回避による要介護減少率 ※2

×一人当たりの介護費 ※3

×ガム噛み習慣を有している65歳以上対象人口 ※4

※1 ガム噛み習慣によるオーラルフレイル減少率

ガム噛み習慣(30分以上/週)の有無と口腔機能や身体機能等を比較した研究であるKawamura et al. (2024)

のロジスティクス回帰によって推定された調整オッズ比から限界効果を算出し、ガム噛み習慣によるオーラルフレイル減少率とした。

※2 オーラルフレイル回避による要介護減少率

オーラルフレイルを発症した際の要介護度3以上の状況をオーラルフレイル回避によって減少できた割合を示す。口腔機能と全身の健康状態を追跡して比較した研究であるTanaka

et al. (2018)

の結果から、オーラルフレイルを有している者が45ヶ月間で要介護度3以上になるハザード比を推定し、オーラルフレイル回避による要介護減少率を算出した。

※3 一人当たりの介護費

介護給付費実態統計(2021(令和3)年度)より要介護3以上の介護費を算出した。

※4 ガム噛み習慣を有している65歳以上対象人口

ガム噛み習慣を有している割合を前述のKawamura et al. (2024)

への参加者情報より13.98%と仮定し、65歳以上対象人口を乗じて算出した。65歳以上対象人口は全国の65歳以上人口のうち、介護保険事業状況報告

(2021(令和3)年度)で示される要支援・要介護認定者を全国の65歳以上から差し引くことで算出した。

* (留意すべき事項)

・ガム噛み習慣によるオーラルフレイル減少率を算出した際の限界効果への変換はCameron and Trivedi (2005)

等で示されている経験則に従うもので、発生確率pが0.1≤p≤0.9の時、ロジスティクス回帰から回帰分析の限界効果を近似した値です。この変換方法はあくまで目安となる数値のため、数値の信頼性は限定的であることに留意が必要です。

・本推計は先行研究をもとにした試算でオーラルフレイルと要介護3以上への移行の因果関係を示すものではありません。また、Tanaka et al.

(2018) 及びKawamura et al.

(2024)の効果を仮想的に全国の介護費用を用いて推計していますが、両論文で用いられたサンプルが公的統計上の日本全国の代表値であるという強い仮定をおいて試算していることに留意が必要です。

・本推計は比較対象等の推計に必要なデータが得られないことから要介護1や2になる場合の介護費を見込んでいないため、推計が過大である可能性があります。

・他方、口腔機能と全身の健康状態を追跡して比較した研究であるTanaka et al.

(2018)では、オーラルフレイルがフレイル(身体の虚弱)やサルコペニア等とも関連することが示唆されています。また、今回は要介護3以上に絞って介護費抑制効果を推計していますが、現実的には要介護1や2の回避につながる可能性もあります。そのため今回の推計は過少で、本来はもっと大きな影響があることも考えられます。さらに介護費以外にも、介護離職に伴う労働損失や介護する家族等の負担軽減など、様々な影響を勘案すると、社会的インパクトはさらに大きくなることが見込まれます。

(より正確な推計に向けて)

・本推計は先行研究をもとに試算を行いましたが、推計の目的に沿った研究を実施することでより精度の高い推計を行うことができると考えられます。

参考文献

[1] CAMERON, A. Colin; TRIVEDI, Pravin K. Microeconometrics: methods and

applications. Cambridge university press, 2005.

[2] FOROUTAN, Farid, et al. Calculation of absolute risk for important outcomes

in patients with and without a prognostic factor of interest. Journal of

Clinical Epidemiology, 2020, 117: 46-51.

[3] Kawamura Jun, et al. Relationship between a gum-chewing routine and oral,

physical, and cognitive functions of community-dwelling older adults: A Kashiwa

cohort study. Geriatr Gerontol Int. 2024 Jan, 24(1): 68-74.

[4] TANAKA, Tomoki, et al. Oral frailty as a risk factor for physical frailty

and mortality in community-dwelling elderly. The Journals of Gerontology: Series

A, 2018, 73.12: 1661-1667.

* <本推計結果に関するコメント>

東京医科歯科大学 水口 俊介氏

プロフィール:

東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 高齢者歯科学分野 教授

加齢による高齢者の口腔の変化に関する研究、摂食嚥下リハビリテーション研究、口腔機能と栄養状態に関する研究、噛むことによる咬合・咀嚼機能回復に関する研究など、健康長寿社会の実現に向けた研究を幅広く推進している。

フレイルとは、病気ではないけれど、加齢によって心身の活力が衰え、放っておけば要介護になるリスクが高い状態のことです。身体のフレイルは口の機能の衰え、いわゆる「オーラルフレイル」から始まると言われています。オーラルフレイルの状態を放っておくと、栄養状態の悪化や心身の機能低下を招きやすく、4年後の要介護認定や死亡のリスクが2倍以上高まることが報告されています。

「むし歯や歯周病で歯の数が少なくなった」、「噛めない食品が増えた」、「食べ物が飲み込みにくく、むせることが増えた」、「滑舌が悪くなった」、「食べこぼしが増えた」など、口の機能の些細な衰えが老化の始まりを示す重要なサインです。

我々の研究グループはロッテと共同で「ガム咀嚼トレーニング」による高齢者の口腔機能への影響を検証したところ、1日に3回、1回あたり5分程度ガムを噛むのを2カ月間続けることで、噛む力が有意に向上することを確認し、研究成果を国際科学誌に発表しました。

大事なのは、口の機能が衰えないようにしようという意識を持つことです。人とのコミュニケーションや、何らかの社会的な活動をキープすることも大きなポイントです。

今回の推計により、ガム咀嚼習慣は介護予防費の削減につながり、咀嚼習慣が広がることで、より効果的であることも示唆されます。むし歯の治療など、口の中のケアをした上で、ガム咀嚼トレーニングをすることが健康長寿のために重要だと思います。

埼玉県富士見市健康増進センター

プロフィール:

埼玉県富士見市とロッテは2023年7月に「高齢者の健康づくりに関する協定」を締結し、市民の口腔の健康にかかわる介護予防活動を共同で推進中。

超高齢社会を迎え、医療費・介護費といった社会保障費の増加はもとより、地域の担い手不足という社会課題を解決するためには、高齢者が自立した生活を営み、さらには元気に活躍していただくことが重要です。そのため富士見市では、要介護状態の手前にあると言われている「フレイル」を予防する施策に力を入れております。

市では介護予防事業の一環として、口腔機能および認知機能にフォーカスを当てた教室「オーラルフレイル予防教室」を開催し、ロッテの協力を得ながら啓発に努めております。また、フレイル予防の普及啓発に携わる市民ボランティア「フレイルサポーター」や、企業、地元商店会などと協働したフレイル予防のイベントを数多く開催しています。今後も、2023年にロッテと締結した協定に基づく専門的知見を活かした取組みを展開し、オーラルフレイル予防をはじめとしたフレイル予防を今まで以上に推進してまいります。

みずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社

社会政策コンサルティング部 森安 亮介氏

プロフィール:

みずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社

社会政策コンサルティング部 上席主任コンサルタント

慶應義塾大学経済研究所パネルデータ設計・解析センター 共同研究員兼任

厚生労働省・文部科学省・地方自治体など行政むけにEBPM推進や政策の効果検証、データ整備支援等に携わる。博士(商学)労働経済学・計量経済学専攻。

昨今、サステナビリティやESGへの関心の高まりを受け、企業が社会にもたらす価値について、エビデンスとともに語る重要性が増しています。自社の社会的・非財務的価値を明示することは、投資家へのコミュニケーションはもちろん、企業ブランドの向上や社内外の人材に対するエンゲージメント向上等にも有効だと考えられます。

今回「オーラルフレイル予防」というテーマ選定に至る前工程で、ロジックモデルと呼ばれる枠組みを用いながら「社会への影響」と「推計可能なデータの存在」の2つの視点からテーマの検討を重ねました。そうした検討過程そのものが、企業のパーパスやサステナビリティ戦略を見つめ直すような貴重な対話の場になっていたように感じています。

ESGのうち、Enviroment(環境)に比べると、Social(社会)領域における非財務的価値の可視化の方法論や事例の蓄積はまだまだ浅い状況です。そうした中、ロッテの持つ専門的知見や豊富な研究データに加え、当社の有するEBPM(エビデンスに基づく政策立案)やロジックモデル作成知見、計量経済学や医療統計に関する知見、ヘルスケアやソーシャルインパクトの実践的知見など、個々の専門性を持つメンバーが複数集い、分野横断な融合を図るチャレンジングなプロジェクトとなりました。企業の社会的意義が企業経営上も社会的責務上も重要になる中、その可視化や推計支援に当社も引き続き取り組んで参ります。

ロッテ 噛むこと研究部 川村 淳

プロフィール:

株式会社ロッテ中央研究所・噛むこと研究部所属。

高齢者における口腔機能低下の研究やミントガムによる車酔い抑制研究など、「噛む」ことに関する研究や啓発活動に取り組んでいる。

弊社は「噛むこと」の健康に対する効用を長年研究し、啓発活動にも努めて参りました。

東京大学高齢社会総合研究機構と共同で実施しました、高齢者1,000人以上を対象に、週に30分以上ガムを噛む習慣のある高齢者とない高齢者の2グループに分けて健康状態を比較した研究により、ガム咀嚼習慣のある高齢者はオーラルフレイルの割合が4割ほど少なく、握力、バランス能力等の身体機能に加え、認知機能に関してもスコアが良いとの結果が得られ、今回のガム噛み習慣による介護費抑制効果推計につながりました。

弊社で蓄積した経験を活かし、さらなる研究成果を積み重ねていくことで、高齢者のオーラルフレイル対策などの取り組みをご提案し、皆様の健康寿命の延伸に貢献したく思っております。

株式会社ロッテ

https://www.lotte.co.jp/