肝移植患者におけるCOVID-19 mRNAワクチンの免疫応答評価
国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所(大阪府茨木市、理事長:中村祐輔、以下「NIBIOHN」という。)
難病・免疫ゲノム研究センタープレシジョン免疫プロジェクト
山本拓也センター長、野木森拓人特任研究員、長束佑太特任研究員と、大阪大学大学院医学系研究科外科学講座消化器外科学
土岐祐一郎教授、江口英利教授などの研究グループは、免疫抑制状態にある肝移植患者へのCOVID-19
mRNAワクチン(以下「ワクチン」という。)接種の効果を検証するため、以下の解析を実施しました。
* COVID-19の感染予防に関与する、スパイクタンパク質(S抗原)内の受容体結合ドメイン(RBD)特異的抗体価及び中和活性(中和抗体価)
の2回目及び3回目ワクチン接種後の変化
* COVID-19の重症化予防に関与する、S抗原特異的メモリーCD8 T細胞の免疫応答の2回目及び3回目ワクチン接種後の変化
* 免疫機構の調整に関与する、S抗原特異的Th1型CD4 T細胞の免疫応答の2回目及び3回目ワクチン接種後の変化
解析結果の概要
ワクチンによって誘導される肝移植患者の中和抗体価及びS抗原特異的Th1型CD4
T細胞の免疫応答は、健康成人と比較して低く、この傾向は免疫抑制剤を多剤内服している患者で顕著に見られることを示しました。ただし3回目のワクチン接種後、このような傾向は多くの肝移植患者において改善しており、免疫抑制剤を単剤内服している患者では健康成人と同等のワクチン効果が示されました。一方で、免疫抑制剤を多剤内服している患者では、3回目のワクチン接種により、免疫機能の調整に関与するS抗原特異的Th1型CD4
T細胞の免疫応答が健康成人と同等にまで改善したものの、健康成人と比較して中和抗体価が低い患者が多く、更なるワクチンの追加接種が必要であることが示唆されました。
免疫抑制剤の内服状況に関わらず、肝移植患者ではワクチン接種により誘導されるS抗原特異的メモリーCD8
T細胞の免疫応答が健康成人と比較して低いことを明らかにしました。この傾向は3回目のワクチン接種でも改善は乏しいことを示しました。
本研究の意義
本研究は、COVID-19の重症化リスクが高い肝移植患者における感染予防として、ワクチンの追加接種の重要性を示しており、特に免疫抑制剤を単剤内服している患者では3回、多剤内服している患者ではそれ以上のワクチン接種が必要であることを明らかにしました。一方で、重症化予防に関与するS抗原特異的メモリーCD8
T細胞の免疫応答については、健康成人及び肝移植患者に関わらず、ワクチン3回接種による増強が見られず、ワクチンによるメモリーCD8
T細胞誘導能の改善が必要であると考えられます。
この結果は、免疫抑制状態にある肝移植患者に対するワクチン接種戦略を考える上で重要な知見となる結果であり、今後の当該ワクチンの課題を示したものとなりました。本研究成果は2024年2月26日、英科学誌Communication
Medicine(電子版)にて公開されました。
研究の背景と意義
肝移植手術は非代償性肝不全となった患者にとって必要不可欠な治療法である一方で、移植手術を受けた患者は拒絶反応を避けることを目的に、免疫抑制剤を内服しているため、免疫反応が抑制された状態にあります。このような免疫抑制状態にある肝移植患者において、感染症のリスクを下げるために、ワクチン接種は有効な戦略であると考えられます。
ワクチンで誘導される免疫応答はB細胞による抗体産生、感染細胞を除去するメモリーCD8 T細胞の免疫応答、B細胞やCD8 T細胞の機能を助けるTh1型CD4
T細胞の免疫応答など多岐に渡り、これらが総合的に作用することでワクチンによる感染予防や感染後の重症化予防の効果が得られると考えられています。したがって、ワクチンによって誘導される免疫応答を評価する際に、これら多岐に渡る免疫応答を同時に、かつ網羅的に評価することは非常に重要ですが、肝移植患者における免疫応答を網羅的に評価した研究は少ない現状にありました。
本研究では、肝移植患者におけるCOVID-19
mRNAワクチン接種により誘導される様々な免疫応答の推移を評価し、肝移植患者におけるワクチンの効果及び問題点について包括的に検討することで、免疫抑制状態にある肝移植患者に対する効果的なワクチン接種計画について考察することを目的としました。
本研究の内容
本研究は、Pfizer社製BNT162b2またはModerna社製mRNA-1273のワクチンを接種した44人の健康成人と、54人の肝移植患者を登録して行われました。我々は、研究対象者からワクチン接種前、2回目のワクチン接種から1、3、6ヵ月後、3回目のワクチン接種から1ヵ月後の合計5回採血を行い、血漿と末梢血単核球細胞(PBMCs)を分離し、ワクチンにより誘導される免疫応答を評価しました。評価項目として、B細胞から産生されるRBD特異的抗体価及び中和活性(中和抗体価)の推移に加えて、S抗原特異的Th1型CD4
T細胞及びS抗原特異的メモリーCD8 T細胞の免疫応答の推移を評価しました。
解析の結果、肝移植患者の中和抗体価は2回目のワクチン接種後は健康成人より有意に低いものの、3回目のワクチン接種後は改善が認められました。特に、免疫抑制剤を単剤内服している肝移植患者においては、健常成人と同程度まで中和抗体価の改善を認め、ワクチンの追加接種の有効性が示唆されました。しかし、一方で、多変量解析の結果、肝移植患者では免疫抑制剤を多剤内服していることが3回目ワクチン接種後の抗体産生が低い要因であることが示され、免疫抑制剤を多剤内服している肝移植患者では健康成人と比較して3回目のワクチン接種による抗体産生が低い患者が多いとわかりました。(図1)
次に、免疫応答の調整に関与するS抗原特異的Th1型CD4 T細胞(Th1型:
IFNγ、TNF、IL-2を産生しているヘルパーT細胞)の免疫応答の解析では、免疫抑制剤を単剤内服している患者は2回目ワクチン接種以降、免疫抑制剤を多剤内服している患者は3回目接種以降に、健康成人と同等の免疫応答を示しました
。(図2)
以上の結果から、肝移植患者において、ワクチンの十分な追加接種によって健康成人と同等のS抗原特異的Th1型CD4
T細胞の免疫応答が誘導されることで感染予防が期待できることを示しました。一方、COVID-19の重症化予防に寄与するS抗原特異的メモリーCD8
T細胞の免疫応答は、肝移植患者では健康成人と比較して弱いことを示しました。この傾向は免疫抑制剤の内服の状況と関係ありませんでした。(図3)
本研究において我々は、肝移植患者では、健康成人と比較し、ワクチンにより誘導される免疫応答が弱いものの、ワクチンの追加接種によって中和抗体価及びS抗原特異的Th1型CD4
T細胞の免疫応答が改善することを示しました。健康成人と同等となる中和抗体産生を誘導するためのワクチン接種の回数については免疫抑制剤の内服状況が影響しており、免疫抑制剤を単剤内服している患者では3回、多剤内服している患者では、それより多くのワクチン接種が必要である可能性を示しました。
以上の結果は肝移植患者の背景を考慮した効果的なワクチン接種スケジュールを計画する際に非常に重要な知見であると考えられます。最後に、我々の今回の解析では、ワクチンによって誘導されるS抗原特異的メモリーCD8
T細胞の免疫応答は3回目のワクチン接種後も弱く、S抗原特異的メモリーCD8
T細胞の免疫応答が重症化に関与することを考慮すると、今後の当該ワクチンの効果の向上のための課題であることを示しました。
研究支援
本研究成果は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業における研究開発課題「革新的な組換えSARS-CoV-2を用いた新規感染手法(P2感染モデル、In
vivo Imaging、汎用的マウスモデル)の確立と応用研究」(21fk0108493)での支援を受けました。
論文情報
論文タイトル :Humoral and cellular immune responses to COVID-19 mRNA vaccines in
immunosuppressed liver transplant recipients
著者:Takuto Nogimori+, Yuta Nagatsuka+, Shogo Kobayashi*, Hirotomo Murakami, Yuji
Masuta, Koichiro Suzuki, Yoshito Tomimaru, Takehiro Noda, Hirofumi Akita,
Shokichi Takahama, Yasuo Yoshioka, Yuichiro Doki, Hidetoshi Eguchi and Takuya
Yamamoto*
(+ 筆頭著者|* 責任著者)
掲載雑誌 : Communications Medicine
用語解説
RBD:
SARS-CoV-2 スパイクタンパク質の受容体結合ドメイン (Receptor Binding
Domain)の略称。この部分を介して、SARS-CoV-2は細胞に感染する。
Th1型CD4 T細胞:
獲得免疫系を構成する細胞の一種。ヘルパーT細胞とも呼ばれ、抗体産生の増強等に関わる。
メモリーCD8 T細胞:
獲得免疫系を構成する細胞の一種。細胞傷害性T細胞とも呼ばれ、ウイルスに感染した細胞、がん細胞など生体に危害を与える細胞の除去に関わっている。
医薬基盤・健康・栄養研究所について
2015年4月1日に医薬基盤研究所と国立健康・栄養研究所が統合し、設立されました。本研究所は、メディカルからヘルスサイエンスまでの幅広い研究を特⾧としており、我が国における科学技術の水準の向上を通じた国民経済の健全な発展その他の公益に資するため、研究開発の最大限の成果を確保することを目的とした国立研究開発法人として位置づけられています。
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