血小板製造の規模拡大を実現する新たな培養装置の検討と設計
・ 乱流注1)などの流体制御により血小板注2)を生体外で作製できる最大8L容量の培養装置を過去に開発した。
・ 商用生産を目的として45L容量に大型化した培養装置では血小板の作製効率や品質が低下した。
・ 従来の培養装置の形態のまま45L容量に大型化した場合、従来型よりも乱流の生じないスペースが増えてしまうことを見出した。
・ 乱流の生じるスペースを増やす新たな培養装置の構造をシミュレーションにより設計した。 1. 要旨
佐竹マルチミクス株式会社(埼玉県戸田市、代表取締役社長 西岡光利)は、岡本陽己 研究員(京都大学CiRA臨床応用研究部門)、藤尾康祐
研究員(大塚製薬株式会社)、中村壮 講師(CiRA同部門)、江藤浩之 教授(CiRA同部門、千葉大学大学院医学研究院)らのグループ、大塚製薬株式会社、澤口朗
教授(宮崎大学医学部)との共同研究により、臨床レベルの血小板を大量に製造できる従来の8L容量の培養装置を45L容量まで大型化するための検証を行い、大型化しても高効率な血小板製造が期待できる培養装置の構造を新たに設計しました。
ヒトiPS細胞を用いて生体外で血小板を製造する技術は、献血のドナーに依存しないため、血小板輸血の安定的な供給に貢献することが期待されています。研究グループではこれまでに、体外での血小板製造に有用な巨核球注3)をヒトiPS細胞から作製する手法と、生体内を模倣した流体制御により巨核球から血小板を製造できる大容量の培養装置を開発し、同技術を血小板減少症の患者さんへの血小板輸血の臨床試験へと導出しました。
体外での血小板製造の実用化に向けて、均質な臨床レベルの血小板をさらに効率よく低コストで製造する技術開発のため、今回、研究グループは培養装置の大型化に取り組みました。培養装置を45L容量に大型化すると、従来に比べて血小板の作製効率や品質が低下することがわかりました。その原因として、従来の2枚の円板(ブレード)による撹拌機の構造では、血小板の作製に必要な乱流などの流体制御の及ばないスペースが増えてしまうことが明らかになりました。そこで、ブレードを増やした構成の流体制御シミュレーションを改めて行い、3枚ブレード構成かつ45L容量の培養槽で乱流を効率よく発生させることのできる新たな培養装置を設計しました。
本研究により体外での血小板製造の実用化に向けた開発が可能になるとともに、今後は新たに設計した培養装置を用いたさらなる検証を進めていく予定です。本研究による知見が、血小板をはじめとした細胞の大量培養を実現し、産業化を加速させる技術につながることが期待されます。
この研究成果は、2024年6月17日(月)に、国際学術誌Communications Engineeringに掲載される予定です。
2. 研究の背景
医療サービスの普及と高齢化により、輸血は今後ますます需要が高くなることが見込まれる一方で、献血による供給がその需要に追いつかなくなると懸念されています。ヒトiPS細胞を用いて生体外で血小板を製造する技術は、献血のドナーに依存しないため、血小板輸血の安定的な供給に貢献することが期待されています。
研究グループはこれまでに臨床レベルでの製造に有用で、血小板のもととなる巨核球の細胞株をヒトiPS細胞から作製する方法を確立しました(CiRAニュース2014年2月14日)。さらに、生体内で巨核球から血小板が生成される過程で、乱流とせん断応力注4)が重要であることを見出しました。
撹拌を伴う培養装置は回転式が一般的ですが、研究グループは上下方向のブレード運動が培養槽全体をより効率よく撹拌できることを見出し、大量の血小板製造を可能にする0.3L、2.4L、8L容量の上下動式培養装置を開発しました(CiRAニュース2018年7月13日)。この培養装置は、臨床に使用する細胞の製造が可能な設計であるほか、現在は、血小板以外の細胞やオルガノイドなど幅広い用途で導入が進んでいます。これらの技術開発により、生体内に循環する血小板と同等の高い機能をもつ血小板を生体外で大量に作製することが可能となり、研究グループは、血小板減少症を対象とした血小板輸血の臨床試験の導出を達成しました(CiRAニュース2020年3月25日、CiRAニュース2022年6月2日)。
しかし、これらの臨床試験においては、患者さん一人の輸血に必要な血小板を作製するために8L容量の培養装置を4つ併用しており、血小板の体外製造の実用化には均質で低コストな商用生産のためのさらなる開発が必要です。そのために、研究グループでは、iPS細胞から巨核球を経て血小板を作製する効率を高める手法と、培養装置の大型化の2つのアプローチに取り組んでおり、本研究では、培養装置の大型化のために必要な技術的な検証を行いました。
3. 研究結果
1)45L容量の上下動式培養装置における流体制御シミュレーション
はじめに、商用生産を目指して血小板の体外製造をより大規模に行うための45L容量の上下動式培養装置を試作しました(図1A)。培養槽には、臨床利用が可能な50Lサイズ(内径401mm、高さ597mm)の使い捨てプラスチックフイルムの袋を用い、硬質プラスチック製のブレードを上下に動かしながら大容量培養を実現し得る培養装置を開発しました。従来型の2.4L容量(内径140mm、高さ208mm)、8L容量(内径200mm、高さ365mm)の上下動式培養装置と同じく、2枚のブレードを重ねた構成を採用しました。同様に、45L容量に大型化した回転式の培養装置も開発しました。
この45L容量の上下動式培養装置を実際に稼働させ、実環境でのブレード速度に応じた、流体制御のシミュレーションに適用することで、従来の8L容量と同程度の乱流エネルギーを実現するブレード速度(毎秒200、300、400ミリメートル;200mm/s、300mm/s、400mm/s)を確認しました(図1B)。
図1 45L容量の上下動式培養装置における流体制御シミュレーション
A. 45L容量の上下動式培養装置
左:外観、右:使い捨てプラスチックフイルム製の培養槽
B. 上下動式培養装置の流体制御シミュレーションによる乱流エネルギーの比較
白色点線で囲んだエリアでは、乱流が生じていない(参照:研究結果3))
2)45L容量の上下動式培養装置による血小板の作製
次に、研究グループがこれまでに開発した方法でiPS細胞から作製した巨核球を、新たに作製した45L容量の培養装置を用いて培養し、血小板の製造を行いました。その結果、大型化した上下動式培養装置は、回転式の培養装置よりも血小板の作製効率が高く、試験管内での凝集や血小板減少症モデルマウスを用いた止血能力は、45L容量でも生体の血小板と同程度の機能を発揮することがわかりました(図2A)。これらの結果から、45L容量における上下動式培養装置の優位性が確認されました。
一方で、45L容量の上下動式培養装置は、従来の2.4Lおよび8L容量の同方式の培養装置と比較して、いずれのブレード速度においても巨核球数に対する血小板産生数が減少していました(図2B)。また、血小板の品質の評価指標を複数調べた結果、従来容量の上下動式培養装置で作製した血小板の品質に達しておらず、ブレード速度200mm/sと400mm/sでは正常な血小板にはない形態的特徴がみられました。
図2 45L容量の上下動式培養装置による血小板の品質解析
A.
凝集を誘発するコラーゲン(左)およびトロンビン受容体アゴニストペプチド(TRAP)(右)を作用させた場合の凝集の形成率。黒い線は生体由来の血小板を用いた結果。ピンク色の線は45L容量の上下動式培養装置で作製したiPS細胞由来の血小板を用いた結果。
B. 上下動式培養装置の各容量およびブレード速度における巨核球あたりの血小板の産生数。
3)45L容量に対応した新たな培養装置の設計
各条件で作製した血小板の遺伝子発現解析の結果、45L容量の培養装置で血小板を産生する速度に応じて遺伝子発現の変化がみられたことから、大型化した培養装置の流体制御により血小板の品質が低下していることが示唆されました。
研究グループは、大型化による血小板の品質の低下とブレードの速度による品質の差について、大型化に伴う流体制御の変化が影響していると考え、2.4L容量の上下動式培養装置と比較し、45L容量の上下動式培養装置で、乱流が生じないスペースが多く存在することに着目しました(図1B、白色点線エリア)。
そこで、研究グループは、物理パラメータのシミュレーションを用い、培養槽の容量を拡大しても乱流を効率よく発生させる上下動式の3枚ブレード構成による培養装置(図3)を新たに設計しました。
図3 乱流エネルギーの評価に基づいた3ブレード構成の新たな上下動式培養装置の設計
また、今後さらなる大型化に向けて、撹拌機構など構造面で大型化の制約が少なく、より一般的に使用されている回転方式の撹拌機にも同様のアプローチを適用し、乱流を効率よく発生させるブレード形状による培養装置(図4)を新たに設計しました。
図4 大型化を見据えた新たな回転式培養装置の設計
4.まとめと展望
本研究では、iPS細胞から血小板を大量に作製可能な培養装置のさらなる大型化に伴う課題を詳細に検証し、乱流の生じないスペースを減らした新たな培養装置の設計を提案しました。今後は、今回提案した培養装置を実際に使用した血小板作製の検証に加えて、より高効率な血小板の作製を可能にするiPS細胞や巨核球の構築、および最適な培養法の確立などを進めることで、輸血用の血小板の商用生産を目指していきます。また、本研究により得られた知見が、医療用細胞の大量培養を可能にし、産業化を加速させる技術へとつながることが期待されます。
5.論文名と著者
○ 論文名
“Defective flow space limits the scaling up of turbulence bioreactors for
platelet generation”
DOI: 10.1038/s44172-024-00219-y
○ ジャーナル名
Communications Engineering
○ 著者
Haruki Okamoto1,#, Kosuke Fujio1,2,#, Sou Nakamura1,#, Yasuo Harada1,2, Hideki
Hayashi2, Natsumi Higashi1, Atsushi Ninomiya1, Ryota Tanaka1, Naoshi Sugimoto1,
Naoya Takayama3, Atsushi Kaneda3, Akira Sawaguchi4, Yoshikazu Kato5, Koji
Eto1,3,*
#:筆頭著者
*:責任著者
○ 著者の所属機関
1. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
2. 大塚製薬株式会社
3. 千葉大学大学院医学研究院
4. 宮崎大学医学部
5. 佐竹マルチミクス株式会社
6.本研究への支援
本研究は、以下の支援を受けて実施されました。
* 日本医療研究開発機構(AMED)
◇再生医療実現拠点ネットワークプログラム(幹細胞・再生医学イノベーション創出プログラム)体外製造血小板の臨床実装に向けた巨核球の改造産生
◇再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム 次世代医療を目指した再生・細胞医療・遺伝子治療研究開発拠点
* 日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 (21H05047, 23K18299, 22K18169)
* 科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(FOREST)(JPMJFR225K)
* 大塚製薬株式会社
* 株式会社メガカリオン
* iPS細胞研究基金
7.用語説明
注1) 乱流
動きが不規則に絶えず変動している乱れた状態の流れ。
注2) 血小板
血小板は、骨髄に存在する巨核球という細胞の細胞質が分離して産生される、核をもたない血球成分。出血時に、血小板が損傷した血管壁に接触すると活性化し、血小板の凝集を促進し、傷口を塞ぐ止血に重要な役割を果たす。
注3) 巨核球
造血幹細胞から作られる細胞で、血小板を生み出す細胞。巨核球は成熟すると核分裂はするが細胞分裂はしないという特殊な分裂を行い、大型で多核の細胞になる。
注4) せん断応力
流体の平行方向をはさみ切るような作用をせん断と言う。せん断応力とは、せん断の物理量を力で示したもの。
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