自己採取HPV検査により子宮頸がん検診の受診率は向上 一方、中等度異形成以上の発見には差が認められず、課題が明らかに
trial~
公益財団法人ちば県民保健予防財団の藤田美鈴主席研究員および羽田明調査研究センター長らは、市原市、慶応義塾大学、千葉大学等と共同で、自分自身で膣内の粘液を採取しヒトパピローマウイルス(HPV:
human papillomavirus)の感染を調べる検査(自己採取HPV検査)の有効性を評価するためのランダム化比較研究(the ACCESS
trial)を実施しました。
研究参加者は、介入群(自己採取HPV検査から始まる検診または細胞診による通常の検診を受診できる)とコントロール群(通常の検診を受診できる)にランダムに割り当てました。介入群の子宮頸がん検診受診率は、コントロール群に比べて有意に高くなりましたが、中等度異形成以上の発見には差が認められませんでした。その主な要因は、自己採取HPV検査が陽性であった場合の細胞診トリアージ検査の遵守率の低さであると考えられました。自己採取HPV検査を導入するにあたっては、細胞診トリアージ検査の遵守率の確保が課題です。本研究成果は、2024年4月22日に、学術誌International
Journal of Cancerにオンラインで掲載されました。 研究の背景
我が国では、年間約1万人が子宮頸がんに罹患し、約2,900人が死亡しています。子宮頸がんの原因はHPV感染であり、HPVワクチンの接種と子宮頸がん検診で予防することができます。しかし、約9年間にわたるワクチン接種の積極的勧奨の中断と低い検診受診率により、近年、若い女性を中心に、子宮頸がんの罹患率が増加しています。子宮頸がんの予防対策の推進は喫緊の課題の一つです。
我が国の子宮頸がん検診は、古くから子宮頸部の細胞の変化を観察する「細胞診」で実施されてきました。2020年に子宮頸がん検診のガイドラインが更新され、細胞診に加えて、HPV検査が初めて推奨されました。HPV検査は細胞診とは異なり、自己採取でも医師採取と同等の正確性が確認されています。諸外国の先行研究では、自己採取HPV検査の導入により、子宮頸がん検診の受診率が向上し、中等度異形成以上の発見が増加したことが報告されています。しかし、研究の間で結果にばらつきが認められることから、自己採取HPV検査を導入するにあたっては、その国での有効性や実施可能性を検証することが勧められています。
本研究は、自己採取HPV検査の有効性を評価する日本で初めてのランダム化比較研究です。通常の検診に自己採取HPV検査を組み込むことで、検診受診率が増加するか、中等度異形成以上の発見が増加するか、を明らかにすることを目的とします。
研究の方法
研究の対象者は、2021年度の市原市の子宮頸がん検診の対象者である30-58歳の女性で、3年以上、市の検診を受診していない女性です。対象者全員に研究の内容を郵送でお知らせし、オプトアウトによる同意注1)を受けました。研究の参加を拒否しなかった方を対象に、ランダムに、「介入群」と「コントロール群」に割り当てました。「介入群」になった女性は、本人の意思により、自己採取HPV検査から始まる検診または通常の検診(細胞診)を受けることができました。「コントロール群」になった女性は、通常の検診を受けることができました。
自己採取HPV検査の申込を受け付け、申込者には、自己採取キット(エヴァリンブラシ)を送りました。自宅で検体採取後、キットを返却いただきました。検査は、コバス8800で行い、検査結果を郵送しました。その際、検査結果に関わらず、市の子宮頸がん検診(細胞診)を受けるように推奨しました。特に、HPV検査が陽性であった場合には、子宮頸がんになるリスクがあることをお伝えし、検診を受けるように勧奨しました。細胞診とその結果を受けて実施される精密検査は、市の子宮頸がんの中で実施し、それらの結果を研究のために市から提供いただきました。
研究の結果
研究参加の基準に該当した女性は20,555人でした。そのうち、割り当て前に参加を辞退した方(4,283人)、宛名不明だった方(12人)を除外し、16,260人を、介入群(8,145人)とコントロール群(8,115人)に割り当てました。
その後に参加を辞退された方(介入群808人、コントロール群343人)を除外した結果、最終的な参加者は、介入群7,337人、コントロール群7,772人でした。介入群とコントロール群の平均年齢(標準偏差)は、44.6(8.3)歳と44.5(8.3)歳で、両群に差は認めませんでした。
介入群のうち、1,196人が自己採取HPV検査を受けました。そのうち、6人は、自己採取HPV検査結果を送る前に細胞診を受けていたため、一次検診として細胞診を受けたと判断しました。最終的に、介入群の1,468人(自己採取HPV検査1,190人、細胞診278人)とコントロール群の501人が一次検診を受診しました。
介入群とコントロール群の検診参加率は、それぞれ、20.0%と6.4%で、介入群の参加が3.10倍(95%信頼区間:2.82-3.42)多い結果となりました。
自己採取検査を受けた1,190人のうち、HPV陽性は72人、陰性は1,103人、判定不能は15人でした。判定不能の15人のうち11人は、再検査のために再度自己採取HPV検査を受けました。そのうち、1人は陽性、7人が陰性、3人は再び判定不能でした。3人のうち、1人が再々検査を受け、結果は陰性でした。最終的な自己採取HPV検査の結果は、陽性が73人、陰性が1,111人、判定不能が6人となりました。
細胞診が陽性であった73人のうち、細胞診を受けた女性は34人(46.8%)でした。
細胞診が陽性であった人のうち、精密検査を受けた女性の割合は、介入群で76.9%(10/13)、コントロール群で92.9%(13/14)であり、両群に有意な差は認められませんでした。
中等度異形成以上の発見者は、介入群で5人、コントロール群で4人でした。発見率は、検診対象者1000人あたり0.7と0.5であり、両群に有意な差は認められませんでした(相対危険度:1.32、95%信頼区間:0.36-4.93)。
コメント
先行研究で、自己採取HPV検査が子宮頸がん検診の受診率を向上させることが報告されていますが、結果にはばらつきがあります。また、検査の申込を受けてキットを送る方法(オプトイン法)は、対象女性全員に直接送る方法(直接送付法)に比べて、受診率向上効果が低いことが知られています。最近のメタアナリシスでは、オプトイン法では、参加率が1.45倍(95%信頼区間:1.16-1.81)、直接送付法では、2.50倍(95%信頼区間:2.08-3.01)と報告されています。
本研究は、申し込みを受けてキットを送付するオプトイン法を採用しましたが、介入群の参加率はコントロール群に比べて、3.10倍(95%信頼区間:2.82-3.42)でした。この結果から、日本では、経済的にメリットの大きいオプトイン法であっても十分に検診受診率を増加できることが明らかになりました。
検診受診率の向上効果とは対照的に、中等度異形成以上の発見率は両群で有意な差を認めませんでした。中等度異形成の発見には、検診のあらゆるプロセスが影響しますが、その中でも、自己採取HPV検査陽性者の細胞診トリアージ検査の遵守率の低さが、有意な差がなかった主な要因と考えられました。日本には、細胞診の結果を登録する全国規模のシステムがありません。したがって、自己採取HPV検査が陽性の場合、市の検診プログラムを利用せず、細胞診を受けた可能性があります。
このような方は市の検診データベースには登録されず、細胞診トリアージ検査の遵守率は過小評価されている可能性があります。しかし、この数値は、本研究で採用した追跡方法を用いた場合の現実の値です。私たちは、自己採取HPV検査陽性者に結果を報告する際に、子宮頸がんのリスクがあることを説明し、市の検診を受けるように勧めました。しかし、この方法では、十分な細胞診トリアージ検査の遵守率を確保できないことが明らかとなりました。細胞診トリアージ検査未受診者に対する複数回の電話等による連絡や事前予約済みの細胞診トリアージ検査の招待状の送付など、遵守率を増加させる工夫が必要です。
本研究は、自己採取HPV検査が子宮頸がん検診の受診率を向上させることを明らかにしました。しかし、中等度異形成以上の発見の増加には寄与していませんでした。その主な理由は、HPV検査陽性者の細胞診トリアージ検査の遵守率の低さにあると思われます。自己採取HPV検査で中等度異形成以上の発見を最大化するためには、細胞診トリアージ検査の受診率を高める対策が必要です。
用語の説明
注1)オプトアウトによる同意
:研究の目的などの情報を通知または公開し、研究の参加を拒否する機会を保障することで同意を得る方法です。本研究では、研究の基準に該当した方全員に、郵送で通知を送り、オプトアウトによる同意を受けました。さらに、自己採取HPV検査受診者からは、文書による同意も受けました。研究の開始にあたっては、市原市個人情報保護審査会の意見を聴き、ちば県民保健予防財団等の倫理審査員会の承認を受けています。
論文情報
タイトル:Effectiveness of self-sampling human papillomavirus test on pre-cancer
detection and screening uptake in Japan: The ACCESS randomized controlled trial
著者:Misuzu Fujita1,2, Kengo Nagashima3,4, Minobu Shimazu5, Misae Suzuki6, Ichiro
Tauchi6, Miwa Sakuma6, Setsuko Yamamoto6, Hideki Hanaoka5, Makio Shozu7,
Nobuhide Tsuruoka8, Tokuzo Kasai1, Akira Hata1,9
1公益財団法人ちば県民保健予防財団、2千葉大学大学院医学研究院公衆衛生学、3慶應義塾大学病院 臨床研究推進センター 生物統計部門、4統計数理研究所
医療健康データ科学研究センター、5千葉大学病院臨床試験部、6市原市保健センター、7千葉大学大学院医学研究院生殖医学講座、8有秋台医院、9千葉大学予防医学センター
雑誌名:International Journal of Cancer
DOI:
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